クリム=カルム

クリム=カルムは「かわいい」×「古典」がコンセプトの舞台芸術作品を創るクリエイションチームです。

何百年という時を越え受け継がれてきた古典作品には生や死、愛といった永遠のテーマが含まれ色褪せない美しさがあります。”伝統”という技術はしばしば”様式”として語られますが、そこに込められた‘想い‘こそを大切にしていきたいとクリム=カルムは考えています。

そこで、古典作品を上演当時そのままの姿で再現することに囚われず、時代の価値観に合わせてリデザインすることで紡がれてきた`想い`や`願い`をドリップしようと試

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新作公演特設サイトOPEN!

クリム=カルムの最新作「小さなエイヨルフ=罪過」の公演特設サイトがオープンしました!今回の原作者はヘンリック・イプセン(Henrik Johan Ibsen)です。今から190年前の1828年3月20日にノルウェーで生まれたイプセンは、それまでの勧善懲悪的な物語の演劇を嫌い、実社会の矛盾を反映させた脚本を書きました。幼少期に家庭崩壊を経験し、社会に対する冷めた目線が作風を決定づけたようです。今でこそ世界各国でシェイクスピアに次ぐ上演回数を誇るイプセンですが、初のヒット作『ペール・ギュント』は40歳手前、『人形の家』『ヘッダ・ガブラー』は50歳を超えてからの発表と、晩成型の作家だったようです。社会問題を取り扱い、重苦しい作風が特徴のイプセンの戯曲が健やかなハッピーエンドで終わることはありません。生涯を通し常に不安定な状態にさらされていたイプセンの戯曲の根底には、現代を生きる私たちにも共感しうるものが数多く潜んでいます。クリム=カルムでは、今回この不幸な物語『ちいさなエイヨルフ』を<イプセンが見たかった世界>という発想からリメイクします。原作に描かれている肉体的不自由を、精神的な制約に置き換え、よりプライベートな物語へとフォーカスを絞っていく試みです。社会の問題を個人の価値観へと集約し、その特異点から見る新しい世界のカタチ<開かれた視点>を舞台化します。ささやかな祝祭というべき演劇をご覧いただけたらと思います。空間へのアプローチが得意な俳優たちが創作する繊細な作品です。どうぞ、ご期待ください。クリム=カルム

次回作WSオーディション開催

温度がぐんっと上がって水しぶきが気持ちいい時期になりました!夏休みの新宿は人通りも少しゆったり。でも夏祭りの屋台、浴衣イベントなどは変わらず賑わいを見せています。「群盗=滅罪」を終えたばかりのクリム=カルムですが、早くも冬公演の準備を始めています。次回の題材は、近代演劇を確立したノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンの「小さなエイヨルフ」原作は、両親の過失で両脚に障害を持ってしまった幼いエイヨルフとその両親のお話で、とても重苦しい家庭劇です。『女性性』を焦点に「夫婦の歪さ」を押し出す演出が多い作品ですが、今回は『結婚』をテーマにした明るい「恋人」のお話にしたいと考えています。原作を知る方にとっては驚愕の嵐になることでしょう。というのも、私たちは従来のテーマであった女性の社会進出よりも個々のコミュニケーションの方に強い関心を持っており、子供に障害を持たせてしまった罪よりも、人種・性別に対しての生理的な拒否感の方がより原罪的だと捉えているからです。原作では「リビング→庭→リビング」という三場面構成ですが、一貫して「バスルーム」と変更し、家族⇔社会の関係ではなく、よりプライベートな話題へ落とし込むことに挑戦してみます。

レイヤーという演劇「群盗=滅罪」

クリム=カルム「群盗=滅罪」シアター711公演稽古が順調に進んでおります。通常、舞台の稽古というと俳優がセリフや段取りを覚え、どう演技するかを試したり練習したりすることを指します。準備のいい俳優は稽古初日にはセリフをすべて覚えていて、役柄を正確に把握していて、何種類も演じ方を用意してくれたりします。そんな用意周到な俳優が揃うと、どう演じるを超え、どんな作品を創るかに話が発展していきます。今回はそんなお話をしていきたいと思います。演技をする、それには様々な演技論・テクニックがありますがゴールはだいたい同じだと思います。舞台上にいるその瞬間、まるで本当に起こった出来事かのように振る舞うこと。感情的にも身体的にもより本物らしく、リアルに。それを目指し稽古を重ねます。しかし、しかしですよ。そんなことを悠々とやってのけちゃう人たちがいるんですよ、俳優って人たちが。なんかもうよく分からないんだけど、なんか凄いんですよ彼らは。そんな人たちが揃うと、どうやって演技をするかなんて話はしないんですよね。どんな作品にしてやろうかなんて悪巧みをし出すんです。シラーは神学を学んでいた、これは神話を元にしている、これは本当は死後の世界についての話かもしれない、兄弟を合わせ鏡に見せれば人間性が描ける、恋人を肉親とすれば原罪が見える……etc.ちゃんと物語をやりなよって言われちゃうかもしれないんですけど、私は好きですそういうの。そして対話を重ねるほどどんどん想像が広がって稽古場を満たしていきます。稽古場での演出家なんて、その話をまとめる係に過ぎないと私は思っています。さて。いよいよ話をまとめようと思った時、ひとつの問題が浮き上がります。それはクリム=カルムは劇団ではないということです。所属俳優が揃っていて、寸分狂わない演技の仕方をするわけではありません。これは一枚の絵を描く時には致命的なことです。なぜなら美しさとは統一感だからです。そこで今回、私が演出担当として提案したのはレイヤーという考え方です。オーソドックスな演劇作品とは、一枚のキャンバスに俳優という絵の具がそれぞれのカラーを塗りたくり一枚の絵を仕上げるようなものです。色味は自由ですが、使う絵の具が水彩だったり油彩だったりすると統一感がなくなり美しさが損なわれます。とはいえ、そもそも舞台芸術は一枚のキャンバスに収める必要はないのです。昨今ではパッチワークという方法があるように切り貼りしても大丈夫。演劇は元来とっても自由なんです。レイヤーというのはテザイン系ソフトウェアによく出てくる考え方で、独立した絵(シート)を何枚も重ねて一枚の絵を仕上げるというものです。登場人物ごとにレイヤーがあり独自の演技(描き方)をしてもらいます。そのままレイヤーを重ねるとぐちゃぐちゃになってしまうので、余計な背景をマスク(隠す)して人物だけが見えるように残します。そうして一枚の作品を完成させると、パッと見はシラー「群盗」に見えますが、よーく見ると微妙な違和感を感じます。同じカップに静かに入れたコーヒーとミルクのように、溶け合うでも分離するでもない状態。冷製ラテアートのような美しさが見えてきます。混ぜて楽しむことも、よく観察してその技巧を楽しむことも出来ます。また、どんなに熱く愛を語り合う恋人同士でも<演技体>が違う故に完全には繋がらない、分かり合えないもどかしさを表現することも出来るんじゃないかなって思っています。お芝居やセリフの内容ではない表現の形。そんな風に今回は創作を展開しています。もちろん、ストレートに真っ当に真摯に「群盗」をやることは一つの美しさです。私たちはちょっとひねくれたことをしているのかもしれません。いや、きっとそうなんだと思います。こねくり回しているわけではないのですが、「群盗」をより豊かに描こうというのはひとつの罪なのです。誰を傷つけるわけではないですが、穏やかに罪を犯す、そんな心境でいます。そんな悪いやつらな私たちが演劇の街・下北沢で悪党と自由を描いた「群盗」をやる、とってもおもしろい試みじゃないかなって思って頂けると嬉しいです。どなた様もお待ちしてます。熱い夏、演劇の挑戦を下北沢でやります。ご期待ください。クリム=カルム sola

次回公演に向けて

2018年12月初頭の「オイディプス=罪名」公演から約半年、ようやく明日には次回公演のご案内が出来る運びとなりました。実を言えば私solaは昨年の公演後、交通事故に遭い両脚を骨折し、しばらく歩くことが出来なくなっていました。あまり心配を掛けないように限られた人にだけ連絡をしていたのですが、思いのほかたくさんのお心づかいを頂き、本当にお世話になりました。居眠り運転の車が歩道に突っ込んで来たので、悪意があったわけでもないし後遺症もないので私としては仕様がないかなと思う一方、他の方でなくて良かったなと心から思っています。私は割と丈夫な方なので。車椅子から始まり、松葉杖で通院するようになり、普通に歩けるようになりました。スポーツするにはまだまだ掛かりそうですが、普通に歩ける!これがなによりもありがたいことです。いや〜普通ってホントに素敵!今まで何となく車椅子など細々と寄付をしていたのですが、少しでも役になっていたのかなと思ったり…。今まで、医療の現場・不自由な身体での生活を想像することはあったのですが、そこにいる人達、患者や家族、医療従事者を初めて身近に感じました。技術を持つこと、情熱を絶やさぬこと、その人たちを支える存在、その大切さを強烈に感じました。また、街中ではご高齢の方や外国人の方がとても大胆に(!)尽くしてくれ、有難い反面、申し訳なさもありリハビリに励んだのも大切な経験です。『何の為に行うか』深く深く考える半年間でもありました。演劇というものには芸術性と娯楽性の二面性があり、ことビジネスという側面において「誰のために、何の為に」という問いは不毛です。「より多くの人へ、より楽しく」に尽きるからです。しかし今回の出来事を通して「何の為に」はより重要なキーワードとして私の胸に刻まれることになりました。作品ごとに変化はするでしょうが、今回の「群盗=滅罪」公演では自由への渇望をテーマに『挫折した人のために』創っていきたいと思います。人間は万能ではありません。たったひとつのことを成すにも一苦労です。何者にもなれなかったというのも挫折ですが、全ての患者を救いたいと願いつつも救うためには専門医にならなくてはならないというのもある種の挫折です。人間は不完全ながら、完全でありたいと願うわがままな生き物なのです。そしてまた、挫折することさえ出来ずに消えてしまう命もある…。挫折、それはぬかるみに残る足跡です。かつてその先に進もうとした努力の形。かつて挑んだ人も、かつて逃げ出した人も、その胸には情熱が宿っていたはずです。形は変わっていても今も尚その炎は、あなたの身体の内で燻っている。魂を解き放つほどの、嵐と衝動。そんな演劇を。迷いや後悔を躊躇わず、踏み出せるように。美しき魂を持って。思うように行かない、趣味がない、生きることを諦めそうになる、そんな時に人類の傍にはいつも演劇があった。これからもきっと。そのために常に新しく。古典という知的財産に新鮮な魂を注ぐ。私たちの演劇はそんなカタチをしています。2019.5.9 sola

劇作家・西荻小虎インタビュー

謎が謎を呼ぶ、舞台「オイディプス=罪名」の脚本構成を担当した西荻小虎。硬質な身体表現を得意とする舞台俳優でありながら、やわらかな感性と激しい衝動が運命を突き動かす戯曲を書き上げる孤高の奇才が描く「オイディプス王」について。ーーギリシャ悲劇オイディプス王に思い入れがあるそうですが?20代の頃、王が目を突き刺すくだりを延々と稽古したことがあって。あとは、エレクトラも上演したことがあるね。ーーそれも新宿ですよね?ああ、そうだね。エウリピデスのオレステスやエレクトラと、ソフォクレスをくっつけたものだった。ーー今回のキーワードはやはり・・・神託。デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)もそうだけど、紀元前の戯曲には神が普通に出てくるから、それを今の感覚に寄せることは避けられない課題かな。もちろんそのままでもいいんだろうけど、それだと見終わったときに虚構の出来事で終わってしまう気がする。観た人のこれからの人生になにか良い影響を与えたいという欲はあるからね。考え続けたり、ふとした時に思い出して気づく、そんな作品にはしたいと思ってる。そのためにはリアリティっていうか、切実な実感がないとダメかなって。ーー具体的には?神託って、まぁ占いとかってことだと思うんだけど、統計学だったり推理だったりするのかなって。やっぱ日本人って神に実感得にくいからさ、人間の努力で得られる技術の方がいいと思うんだよね、どう?――そうですね(笑)ーー二つの物語があると聞いていますが?ひとつは王の葛藤の物語。王と言っても一人の人間だし、観ている人それぞれの物語でもあるかなって思う。もうひとつは民衆についての物語で、集団心理とかをテーマにした作品。王が不在ってのも特徴かな。ーー王の不在?理想の王像みたいのが、それぞれの心の中にあって、ぶつかっちゃうみたいな。ーーそれって神のことでは?そうかも。王が居なくなることで神が生まれる、人間が神格化する物語。でもつまるところ、真実とは何か、目で見えるものと見えないものの価値についての話だから原作と一緒なんじゃないかな。ーー拡張現実のような演劇って?今回の演出プランだと、観ているものと聞こえてくるものにズレがあると思うんだよね、で、人間の脳はこれまでの経験からそれを一つのデータとして統合しようと調整しだすから、その調整の仕方でまず感じているものが観客ごとに違ってくると思う。そして絶対に空白があるから、それを埋めようと想像力を使う、半強制的に。つまり、自分のイメージの力で物語を補完する。観ているものは同じなんだけど、自分だけの物語を創り出す。そういうことじゃないかな。ーー俳優は大変そうですねと思うよ(笑)これがクリム=カルムの平等って精神なんだよね。俳優も演出も他のスタッフも皆、原作を呼んで感じたことをいったん自分の物語に置き換える。それを稽古場で出し合って、一つの作品にまとめる、でもそれは唯一絶対の価値観を持ったストーリーではなくて、互いの物語が思考や身体や音や光を利用しつつ共存する、その共同思念体みたいなのに作品として名前がついてるって感覚。言ってしまえば観客も含めて平等みたいな。だから与えられた役割だけをこなす俳優だと難しい。俳優自身が感じている物語や言葉が重要だから。そういうことが出来る場って少ないし、楽しめばいいんだよね。ーークリム=カルムといえばチケットや当日パンフレットが特殊ですが?楽しんでもらいたいからね。てか、みんなイベントやらサプライズが好きなだけだよ(笑)毎回大変なんだなーこの手作りが(苦笑)今回は・・・チケットだけ味を出そうかってなってるけど。規模が大きいと出来ないから今の内にやれるだけやっておきたいよね、自己満足の為にも(笑)ーー原作は読んでいった方が良いのでしょうか?なお楽しめる。気にしないならそれでもOK。おすすめしないのは、原作はこうなのかなーって想像しながら観ちゃうこと。今を信じて!ってなる。今、この瞬間、あなたの為だけに演じているんだから!って。知識があってもなくても楽しめるように創るから、知識が欲しいなーって思いながらは観ちゃダメーっ!ーー最後に一言お願いします演劇は他人の価値観に触れる場なんです。創ってる人も観る人も。人の違いって世界をどう見ているのか、物事をどう感じているか、だと思うんだけど、一番はどう想像するかってことだと思うんだ。未来をどうイメージするか。演劇はそれに直接触れ合える場だと思うから、創作時も観劇後も遠慮なく話を聞かせてほしいな。クリム=カルム「オイディプス=罪名」は新宿眼科画廊にて、2018年11/30~12/5まで。※※※※※「オイディプス=罪名」演出:sola構成:西荻小虎原作:ソフォクレス出演:あいだあかね、臼井汐音、柊みさ都(エーライツ)、福満 佐知子、森本 あお(棗椰子%)会場:新宿眼科画廊 スペースO(東京都新宿区新宿5-18-11 1F奥)2018年11月30日~12月5日 全12回11/30(金)19:0012/1 (土)11:30~/15:00~/19:00~12/2 (日)11:30~/15:00~/19:00~12/3 (月)14:00~/19:00~12/4 (火)14:00~/19:00~12/5 (水)14:00~チケット:前売 3000円  当日 3500円     観劇ケアチケット 3500円(パーソナルストレッチ施術付き)STAFF舞台美術:Xiaolong LABティザーモデル・フライヤーデザイン:長田咲紀フライヤーモデル:柊みさ都写真撮影:乃々雅ゆう(幻想芸術集団 Les Miroirs)制作:後藤由香理(TEAM#BISCO)製作:犯穏罪団製作総指揮:péché=mignon・delacroix協力:社会福祉法人東京都社会福祉協議会 東京善意銀行、棗椰子%、新宿眼科画廊Special Thanks:竹之内勇輝、たなかちえこ、sakura、小沼枝里子、工藤沙緒梨、高嶋友行、劇団木霊※     ※     ※未就学児のご入場はご遠慮頂いております。スタンド花のお届けはご辞退申し上げます。会場専用の駐車場・駐輪場はございません。定刻開演し、開演後10分後から入場不可となります。※※※※※

演出家インタビュー

冬の始まりとともに上演するクリム=カルム「オイディプス=罪名」≪一つの戯曲を二つの演出で上演≫、≪キャストは5人の女優のみ≫、ちょっぴり前衛的な試み、その真相とは。ーークリム=カルムとは?クリム=カルムは古典を上演する団体です。といっても原作をそのままやるというわけではありません。私たちが行っていることは、古典戯曲が本来持っていたであろう斬新な挑戦を再現する試みです。ーー古典をアレンジすることについて執筆時から時は流れ、私たちの価値観もだいぶ変わっています。なので当時をそのまま再現してもその時あった斬新な衝撃は再現出来ないと思うんです。今の私たちにフィットさせるアレンジは必要かなと。あ、でも新作じゃないです、やっぱり。クリム=カルムが再現したいのは作家の挑戦する心で、そのために少し発展させるという感覚です。ーー今回はなぜギリシャ悲劇を?オイディプス王には、劇的なるものが全部詰まっています。勘違い、裏切り、恋、謎…、普遍的なテーマですよね、現代でもやる価値はあります。ひとつ気になるのは預言者によってもたらされる«神託»が物語のキーになっている点です。今の私たちの感性では受け入れ難いものがあります。しかしその一点さえクリア出来れば、十分に通用するし、その課題には新作を生み出すことと同等の価値とやりがいがあります。ーー演出としての挑戦とは?一言でいうと«受け継いで、超える»ですね。当時のスタイルでは3人の仮面をつけた俳優が何役もやっていて、別にアンサンブルが居た。今回、俳優は特定の役を持ちません。全役を交代に演じていく。それが客席を挟んで二面それぞれ行われるというスタイルです。観客は後方から聞こえてくるセリフはアンサンブル、つまり民衆の声として聞こえます。これはどちらを向いていてもそう聞こえます、が、進行している物語は異なっています。こればかりはご覧頂かないと伝わりませんね(笑)俳優はメイン役でありつつ、同時にもう一方の客席にとってのコロス(民衆)をも演じます。ーーそんなことが可能なのでしょうか?ええ、あくまで応用ですから。仮面の役割を俳優の入れ替えで成立させるというのは柴幸男さんが「あゆみ」で既に行ったことですし、セリフで音楽的な要素を出すこともやっていますよね。それと、これは全役を二人一役で演じているようなものなんですが、それも宮城聰さんが確立させています。偉大な先人たちの功績をお借りして、もっと演劇観を拡張出来ればいいなーって思っています。まあ、どこまでいけるかは、上演日にしか分かりません(笑)ーー「オイディプス=罪名」はおもしろいですか?知的好奇心を揺るがすという意味では凄くおもしろいです。「デザインあ」とかTEDカンファレンスみたいなおもしろさです。勧善懲悪→カタルシスってことだと少し違うのかもしれませんね。プレゼントは用意してあります。ーープレゼント?はい、3つの観方のことです。まずは、目の前の舞台に集中する観方です。慣れてくるまで後ろから聞こえてるものはある程度聞き流しちゃっても大丈夫です。それぞれの物語、合計2パターンのオイディプス王がしっかり味わえます。次に、見終わったあと後ろの声を思い出して想像を膨らませてみてください。目の前で起こった物語が変化していくことでしょう。最後に、通算3回目に観に来る方は、思い切って目をつぶって聴いて楽しむことをおすすめします。原作ままのオイディプス王の物語が楽しめるはずです。ーーえっと、2回目ですが…、本当にそんなことが可能なのでしょうか?基本的には原作のままですから、聴いて楽しめます。そして、同じ内容なんだけど、人間は目で見た情報にかなり騙されるものですからまた違って見えてくるということなんですが…、ぜひご来場頂いて確かめてくだされば。オイディプス王が真実を捜し求め、目を潰す物語を、新宿 眼科画廊にて行います。目と耳、そして脳を刺激する演劇をご堪能あれ。sola公演特設サイト→ https://oedipus.themedia.jp2018年11月30日(金)~12月5日(水)まで。

「オイディプス=罪名」公演のご案内

猛暑と台風の夏が終わり、気付くと冬の飾り付けが寄り添う新宿の街並みです。クリム=カルムも今年3月の第1回公演からあっという間に第3回公演目。春の池袋、満開の桜とともに行った「ロミオとジュリエット=断罪」行き違いによって破滅する愛の物語。原作:ウィリアム・シェイクスピア。夏の神楽坂、晴れ渡る青空とお祭りの灯の下で行った「椿姫=原罪」自由に絡みつく金の鎖と賭博の物語。原作:アレクサンドル・デュマ・フィス。さて、今回は。冬の新宿、歌舞伎町の外れ。新宿三丁目駅からですと花園神社、ゴールデン街を抜けた所にある『眼科画廊』で行います。現代アート・サブカルチャーなどの展示が同時開催される会場で、なんとギリシャ悲劇をやっちゃいます!ソフォクレス(ソポクレス)原作の「オイディプス王」を上演します不吉な神託を回避するために生後間もなく両親に殺されかけ、後々そうとは知らず父親を殺し、母親との子供を宿し神託を成就させてしまう悲劇。クライマックスでは真実を知ったオイディプスが死よりも辛い両目を潰し放浪する道を選択します。この壮絶なドラマは、ミステリーの先駆けとも言われ、宿命や善悪をテーマに幾度も上演されてきたギリシャ悲劇の最高峰と謳われる傑作です。クリム=カルム版「オイディプス王」では女優5人ですべての役を演じきるという挑戦的な企みで、新宿の冬を彩ります。さらに、観客席が舞台中央に背中合わせで設置され、その周りで俳優が演技をするという演出も見どころです。聞こえるものは同じでも、お席によって見えるものが違い、まったく別の物語が二つ同時に存在することになります。演劇の『同時共存性の原理』を現存させる試みです。そしてもうひとつ。観劇ケアチケットの販売もはじめました!パーソナルトレーナーとしてトレーニング、ストレッチ、マッサージの施術を行っている専門家が、観劇前後に肩や腰の疲労にアプローチし快適な観劇をサポートします。さらにさらに。平日の昼公演、土日の朝公演も実現し、新宿という立地を活かして舞台芸術に触れる機会を増やすもくろみも行います。最後に。上演で得た利益は社会福祉施設に寄付させて頂いております。舞台芸術が持つ社会の矛盾や理不尽に向き合う力が多くの子供たちに宿りますように。ご予約ご来場お待ちしております。※※※※※※※※※※※※※※「オイディプス=罪名」演出:sola構成:西荻小虎原作:ソフォクレス出演:あいだあかね、臼井汐音、柊みさ都(エーライツ)、福満 佐知子、森本 あお(棗椰子%)会場:新宿眼科画廊 スペースO(東京都新宿区新宿5-18-11 1F奥)2018年11月30日~12月5日 全12回11/30(金)19:0012/1 (土)11:30~/15:00~/19:00~12/2 (日)11:30~/15:00~/19:00~12/3 (月)14:00~/19:00~12/4 (火)14:00~/19:00~12/5 (水)14:00~チケット:前売 3000円  当日 3500円     観劇ケアチケット 3500円(パーソナルストレッチ施術付き)STAFF舞台美術:Xiaolong LABティザーモデル・フライヤーデザイン:長田咲紀フライヤーモデル:柊みさ都写真撮影:乃々雅ゆう(幻想芸術集団 Les Miroirs)制作:後藤由香理(TEAM#BISCO)製作:犯穏罪団製作総指揮:péché=mignon・delacroix協力:社会福祉法人東京都社会福祉協議会 東京善意銀行、棗椰子%、新宿眼科画廊Special Thanks:竹之内勇輝、たなかちえこ、sakura、小沼枝里子、工藤沙緒梨、高嶋友行、劇団木霊※※※※※※※※※※※※※※

重要なご報告

この度、クリム=カルム12月公演「オイディプス=罪名」公演(以下当公演)に出演予定だった、芸名・田島瑠七(たしまるな・東京芸能学園高等部所属)さんが降板する運びとなりました。その経緯についてご説明致します。2018年9月、当公演の出演者を募集していたところ、知人より田島瑠七さんをご紹介頂きました。直前お会いして、企画の説明及びワークショップを2時間半掛けて行い、契約内容について念入りに説明と確認を行いました。今回は特殊な演出なので、降板などがあると公演中止にせざるを得なくなってしまい困るので大丈夫ですか?ということや、未成年ということだったので、所属先とご両親の許可や都合をお伺いして「問題無い、むしろ応援している」と仰り、改めて出演意志を伺い、「出演したい」ということでお願いすることになりました。その後、出演者専用グループラインに参加頂き、企画書・出演契約書・上演台本をPDFにて確認して頂きました。また、メールにてフライヤー用の写真・クレジット名も頂きました。10/3に舞台美術に使用するポスター画像の撮影があり、その日も田島さんは参加予定でした。が、当日以下の連絡がありました。「お疲れ様です。本日の撮影に参加希望だったのですが体調を崩してしまいまして、行くのが難しくなってしまいました。ギリギリのご連絡となってしまい申し訳ありません。よろしくお願い致します。」(※原文まま)その翌日の10/4に「お世話になります。大変申し上げにくいのですが、学校の事情により舞台の出演ができなくなりました。顔合わせ前のこの時期に、急なご報告となってしまい申し訳ありません。よろしくお願い致します。」(※原文まま)と連絡があり、もう少し詳しく事情を教えて下さいと連絡したところ、「学校の単位に関わる行事が入ってしまい、進学を視野に入れているので今回の舞台に出演すると卒業、又進学が難しくなると判断した為です。それと共に、学校の予定が入り親の同意を得れなくなってしまいました。」(※原文まま)とのことでしたので、所属先の学校に連絡しましたが、「そのような行事の日程は決まっていません。」と回答がありました。田島さんに再度確認したところ下記の回答がありました。「弁護士にも相談しましたが、契約書も交わしてませんし、口頭やメールでも、出演の詳細を約束したことは一切ありません。今後は連絡しないでください。」(※原文まま)その後、再三連絡を試みましたが返答が得られませんでしたので、やむを得ず、降板のお知らせを告知するに至りました。以上が今回の経緯です。当団体は、①田島さんに出演意思があると認識していました。履歴もあり、法的には出演契約を結んだ状態だったと認識し立証出来ます。以下は契約成立に関するURLです。https://www.bengo4.com/c_6/b_485525/http://www.shinginza.com/keywords/kuchiyakusoku.htm②知人の紹介だったのでクレジット名と所属先以外の個人情報などは把握しておりません。③公演中止になった場合を除き、田島さんに責任追及するつもりはありません。④無事上演が出来るよう、目下調整中です。⑤個人情報流出というご意見に関しては、本人からクレジットとして提出されたものを使用しているのみで、それ以上意図はありません。関係者の皆さまにはご心配をお掛けしてしまい申し訳ございません。この件に関しては何かご質問ご意見があれば対応させて頂きます。